どんぐり倶楽部にピーンときた理由。高校物理は簡単すぎて満点当たり前だった『天然どんぐり野郎』のこと

公文に百ます、作文にプリント学習、色々と手を出しました。今振り返ると、そろそろ小学校に入るし、何か勉強させなきゃとおもって調べているうちに、誘惑に引っかかったのだと思います。それまで特に勉強らしいことは何もせずに暮らしてきたのに、いきなり百ますやらせてみたり、百ますが小さい子供にはやりにくそうだと思えば、公文の計算をさせてみたり。作文を書くのに困らないようにという心配心から、作文やらせてみたり。教育に関する本も色々読んでみました。

でも、8歳になりたての頃にスパッと全部やめてどんぐり問題に急転換できたのは、「絶対学力」を読んで、とある身内の一人に関する謎が解けたから。以来、私はこの身内のことを『天然どんぐり野郎』と勝手にあだ名をつけた。

まさに、偶然に視考力を身につけたとはこのこと。その身内が高校受験と大学受験にかけた時間は、合計で1年未満。つまり、彼の人生における受験勉強はこの1年未満の期間のみ。まさに、最高の効率の良さで受験を片付けた。塾にも通っていない。

天然どんぐり野郎の子供時代

この身内、小学生の頃は一切勉強しろと両親から言われたことないので、家では全く勉強しませんでした。年中外遊びに飛び回るというほど活発でもなかったので、兄弟姉妹と家のなかで適当に遊んだり、残りはひたすらぼーっとして暮らしていました。夏休みなんて、暇すぎた記憶しかないそうで。

中学に入っても相変わらず親からは放置されており、勉強しろとも言われなかったのでしませんでした。運動部はキツイからという理由で途中離脱。そして、相変わらずぼーっと暮らしていました。成績は全体の中間くらい。

中学3年の半ばをすぎても成績は全体の中間でした。しかし、なぜか志望校は県立トップ校。先生も驚いたそう(そりゃそうだ)。志望の理由は、数年前に兄弟がその高校に入ったので、自分も行ってみたいとおもったから。ちなみに、その兄弟は普段から優秀でした。

中学3年の秋から勉強を始めてみると、成績が急上昇。晴れて県立トップ校に合格。先生も親もびっくり。

県立トップ校に入ると、またまた勉強せずにぼーっと暮らすようになりました。高校3年生の夏までは勉強よりも麻雀に熱中。しかし、なぜか覚えることの少ない数学と物理は得意でした。勉強しなくても点が取れたらしい。

そして、高校3年生の夏休み。大学行きたいし、そろそろ麻雀やめないと!とおもって麻雀仲間から足を洗い、受験勉強開始。わずか半年の勉強で、旧帝大の理学部に合格。

天然どんぐり野郎、学者になる

学部を晴れて卒業。大学院に進み、修士課程を首席で修了。その後、順調に博士課程も修了。1年間の海外国費留学を経て直ぐにアカデミックポジションをゲット。その後、修士課程の頃から借りていた育英会の奨学金は免除となる。今や、十分な額の研究費や複数の科研費を交付され、国内外を拠点に研究活動を行う。話をきくにつけ、忙しくも充実した研究者人生を送っていて、羨ましい限り。

この身内のあくなき探究心は、「子供の頃勉強しなかったから」長続きしているのだそうです。子供の時から鞭打たれて勉強していたら、絶対に物理学者になりたいなんて思わないにちがいない。中学受験したりして鞭打たれている子供は、大学に入ったらゴール!でしょ。むしろ自分は、大学に入ったからさあこれからだ!って思ったそうです。

その身内が言うには、大量のパターン学習を繰り返して、大量の暗記をするという競争に参加することは、医者を目指すにはあり得る方向性だ。医者は暗記で成れるから。だけど、数学物理は暗記やパターンは全く効かない。話をすると、向いているか向いていないかすぐに分かる。博士課程に来る優秀な学生は、子供の頃はのんびり育って公立トップ校から旧帝大くらいポンと合格するタイプだそうで。

差はどこでついたのか?そして、その差はどうなるか?

同じく県立トップ校に入ったはいいけれど、その後パッとしないで大学に入ったら遊びまくって、ようやく入った就職先はブラック会社だった、という苦難の二十代を送った私。一方でこの身内の、大学受験から人生中盤へ向かっての伸びしろと、そして、現在の忙しくも余裕ある生活っぷり。子供の頃は私の方が優秀だったのに!この差はいつついたのだろう!?どこから来るのだろう!?とずっと疑問でした。羨ましすぎて、ずーっと歯ぎしりしてました。

視考力養成は、昔は偶然に頼るしかなかったけれど、今はその獲得方法がわかっている

「絶対学力」を読んで納得した。この身内は、昔、遊んでいる間に偶然視思力を身につけた類の人物だったのだ。私が、真面目に勉強している間にひたすらぼーっと遊んでいたくせに。差が開き始めたのはなにも高校や大学の頃ではなく、小学生のうちから差が開き始めていたのだ。

そして、その差は、人生中盤にもなるともはや取り返しのつかない差となり、人生をくっきりと区別する。身内でもなければ、この手の人間とはもう人生で交わることはないだろう。

自分の子供には、早いうちから東大理Ⅲを頂点とするパターン学習と大量暗記の競争に参戦させて、自分の本当のやりたいことがみつけられず、見つけられたとしても言い出せずに、体裁を重んじ見栄や学歴で一喜一憂してしまう人生を送ってもらうか、又は、受験勉強なんてものは効率良く片付け、自分の興味のある方向を見極め、飽くなき探究心で楽しく人生を切り開いていってもらいたいか?

もちろん、後者でしょう。ぴーんと来た私は、子供が2年生の終わり頃にどんぐり問題をベースに育てることに突然舵を切りました。

【注意】ブログ主はどんぐり信者ではありません。個別記事を読んでいただければわかります。

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この記事を書いた人

西欧で「どんぐり問題」を子供にさせていました

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