計算だけじゃない 楽器演奏も子供ははやいのがお好き

子供が「速いのがカッコイイ!」って思うのは高速計算に限らず、楽器の演奏でもそうです。

 

昔、自分が中学生の頃に同じクラスでピアノを習っている女の子が、毎回音楽の授業前に音楽室のピアノでモーツァルトの『トルコ行進曲』を弾いてくれていました。

 

それが、超高速!指がもつれてぐっちゃぐちゃ。必死の形相。ただの音の羅列。

 

速く弾ければカッコイイ!とか、指が速く回る方がカッコイイ!という思いに取り憑かれていました。どれだけ速くひけるかゲーム、って感じ。

 

でもね、私も子供の頃からピアノを習っていて、大人になるまで長いことやっていた経験から確信していることがあります。

 

一度高速で弾くゾーンに陥ると修正困難になるということ。速く弾くことが快感になっているからやめられない。どんな曲でも速く弾くようになる。

 

そして、今後どんなに先生が導いても注意しても頑張っても、本来の音楽的演奏をするようには改善されない。速いのが気持ちいいから、カッコイイ!と思うからやめられない。これでいいのだ、と思うようになる。

 

子供の頃、自分の先生には、半年くらいかけて大曲を練習する時には「ゆっくり練習しなさい、決して速く弾かないこと。」と言われてきました。

 

ゆっくり弾くだけではなく、あたかも練習曲のように全部フォルテッシモで弾く、全部ピアニッシモで弾く、全部スタッカートで弾く、全部付点で弾く。ペダルを踏むとごまかせるから踏まないで弾く。

 

徐々に弾くスピードを上げながらいろいろな弾き方でその曲を練習し、最後の最後にようやく「ペダルを踏んで本来のこの曲の早さで練習してよい」という許可がおりました。それが発表会の直前2〜3週間前ということもありました。

 

するとどうでしょう。

 

先生から指示された各種のつまらない練習法を続けたことによって、その曲を弾く基礎的な力が、自分でも驚くほど底上げされているので、非常に良い仕上がりになります。最終的な指示、つまり、ニュアンスをどうするか?ここで盛り上げる、ここから徐々にゆっくりする、という指示や考えを、技術的な問題で躓くことなくすぐに再現することができます。ペダルを踏むのも、ごまかすためではなくて必要なところだけ踏むので足ります。

 

このようにして一曲を仕上げることにより、本番では自分が曲に支配されるのではなく(つまり、弾くのに必死という状況ではなくて)、自分が曲をコントロールするような、余裕のある、自分の実力以上の演奏ができたように感じたことを覚えています。

 

子供は早く憧れの人のように演奏をしたいものです。だから、はやる気持ちを抑えてゆっくりと練習するのは苦痛です。しかし、この体験から、ゆっくり練習することの意義とその効果について身をもって納得しました。雑な練習をしていたら雑な仕上がりにしかならない、先生はそれを知っていたから、あえてこういう方法を生徒に課したのだと理解しました。

 

ちなみにこれらのことは、クラスメートが「超高速トルコ行進曲」を弾いてくれていた中学の頃には、もうすでに納得していました。

 

うちの子供を見ていても、程度の差こそあれ多くの子供っていうのは速く弾くのがカッコイイ!と思う習性があるみたい。だから、同じことを自分の子供にも言っています。「ゆっくり練習しなさい、決していきなり速く弾かないこと。ゆっくりからだんだん速くしていく。雑な練習してたら修正きかないよ!」って。

 

計算についても、「ゆっくり計算すればいい、早くやろうとして暗算するとまちがっちゃうよ!」って子供に言っているときに、ああ、これって楽器の練習と一緒だわ、って思います。

 

子供って、速くしたい気持ちを抑えてゆっくり練習して、子供自身がその成果を感じられると、納得して「うっかり速く弾かないように」と自制するようになります。自分が子供の頃の体験もそうですけれど、自分の子供を見ていても思いました。まあ子供のことですから、うっかりしてしまうことがりますけどね。

 

速いのがカッコイイ!早ければいい!

 

大人が、こういう増強する必要のない子供の習性を煽らなければいいのですよ。

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この記事を書いた人

西欧で「どんぐり問題」を子供にさせていました

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